Blog「星の光」

(2025年2月13日)

No.66 古代文字「倭」と「倭姫宮」(やまとひめのみや)伊勢神宮別宮(内宮域外)

古代文字「倭」

形声字。声符は「委」(い)とする形声字。
白川先生の『字統』によれば「「委」は稲魂(いなだま)を被って舞う女の形で、その姿の低くしなやかなさまをいう」そうです。

稲魂(いなだま)ってなんだろう!?
ってことで、ちょっと調べてみました。
「稲魂」は、「いなだま」以外に、「うかのみたま」「うけのみたま」とも読み、食物、特に稲に宿ると信じられている神霊のこと。その他、稲妻、稲光の意味もあるようです。
また、「うけのみたま」は、『古事記』では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、『日本書紀』では倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と表記されている日本神話に登場する女神でもあります。
倭姫命にもつながり深い猿田彦大神の霊石をお祭りする二見興玉神社のご祭神は猿田彦大神ですが、相殿は宇迦御魂大神(うかのみたまのおおかみ)。宇迦御魂大神は衣食を満たし産業を守ってくださる神様です。

また、稲魂には稲妻の意味もあるらしいので、「稲妻」という語の意味も調べてみると、「三省堂WORLD−WIDE WEB」(https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/)には、いくつかの意味が載っています。その一つに「〔「稲の夫(つま)」の意。古代、稲は稲妻をうけて結実すると信じられたことから〕雷雲の間、あるいは雷雲と地面との間に起こる放電現象によりひらめく火花。稲光。稲魂(いなたま)。稲交接(いなつるび)。」とあります。
さらに、「稲妻」の項では、『全訳読解古語辞典大三版』の語釈のあとの「読解のために」というコラムから、「古来、雷の発生する時期が稲の穂の開花の時期と重なっているところから、いなびかりが稲の結実生長にかかわっていると考えられていた」と引用文を掲載しています。
なるほど👏
古代人の気象や自然現象の見方がとても面白いです。

では、今日は再びお伊勢参りの続きです。

先日のお伊勢参りでは、伊勢神宮内宮の域外別宮の「倭姫宮」(やまとひめのみや)にも参拝しました。
伊勢神宮の公式サイトによると、「倭姫宮は、内宮と外宮を結ぶ御幸道路の中ほどの倉田山に鎮座し、倭姫命をお祀りしています。緑のあざやかな倉田山の西側には、神宮徴古館・農業館、美術館、神宮文庫等があり、この辺りを「倭姫文化の森」といいます。」
徴古館や美術館については、いずれまた別で。「倭姫宮」のご祭神・倭姫命(やまとひめのみこと)は、なんと、伊勢神宮皇大神宮を創設した方です。

倭姫宮表参道

表参道を行くと石の階段があります

この別宮も子供の頃に何度か家族で訪れたことがありましたが、今回は自力で徒歩で👏
参道から石階段を登り始めた時からなんとも言えない心の静けさを感じました。
そして、社殿でご祭神「倭姫命(やまとひめのみこと)」に手を合わせながら、日常生活の中では感じることのできない深い安らぎを体験しました。
内宮や外宮では、自分に外在する超越的な何か厳かなものに触れ、ありがたい気持ちに満たされますが、それとは異なり、「倭姫宮」では、自分自身の内側の安らぎに触れたように感じました。
雑念が何も浮かばず、かといって何かに集中しているわけでもなく、いつまででも佇んでいたいと思える別宮でした。


手水舎


写真には写していませんが右側に社殿。左の玉砂利のところは御敷地
次のご遷宮で社殿が建てられる場所です。


チラと右下に見えているのが神明造の御本殿

「倭姫宮」のご祭神、倭姫命(やまとひめのみこと)は、第11代垂仁天皇の皇女で「御杖代(みつえしろ)」として天照大神に奉仕し、天照大神から教えを受けました。「御杖代」とは神や天皇の杖代わりとなって奉仕する人のことです。倭姫命から後、代々の天皇は未婚の皇女を、斎王(いつきのみこ)として伊勢に遣わして天照大神に奉仕させられました。

その後、倭姫命はおよそ40年ほどの歳月をかけ、天照大神が鎮座する場所を探して旅をし、倭姫命が天照皇大神の神霊を奉載して二見浦に船を停めたところ、海の巌から猿田彦大神がご出現になったと伝えられています。
それから倭姫命は皇大神宮の地を五十鈴川の辺りにお定めになりました。つまり、倭姫命は約2000年前皇大神宮を創設されたファウンダーです。

猿田彦大神がご出現になった海の巌、二見浦の霊石は、少し前のBlog.で紹介した「二見興玉神社」の霊石です。
「二見興玉神社」のご祭神は猿田彦大神と相殿・宇迦御魂大神(うがのみたまのおおかみ)。この二柱とともに、「夫婦岩」と呼ばれる二つの岩天の岩門を鳥居に見立て、霊石「興玉神石」が祀られています。

ちなみに、倭姫命が天照大神が鎮座する場所を伊勢の地に決めるまでの足跡は、『日本書紀』には、倭笠縫邑と菟田の筱幡のみです。ですが、平安時代成立の『皇太神宮儀式帳』や、鎌倉時代成立の『倭姫命世紀』には天照大神を祀った多くの場所が記載されているそうで、この倭笠縫邑から伊勢神宮に至るまで、一時的に天照大神を祀った神社や場所は「元伊勢」と呼ばれています。

今日は満月🌝。
お月見しながら帰宅して、また冬の夜空を眺めに行ってきました。
都心は少ししか星が見えないと思っていたけど、しばらく眺めていたら、暗さに目が慣れるせいか、たくさん星が瞬いているのが見え始めました。

広大無辺な宇宙の天の川銀河に浮かぶ地球の上で、美しい月光と何億光年も昔に瞬いた星の光を眺めているワタシ…。
月讀尊も、倭姫命もつい先日のことのように思えてきました。

美しいので時間も寒さも忘れてしまいそうでした。
30分くらい眺めて、帰ろうとした時、星が一つ、まっすぐ横に動き始めて…
そんなことって、あるかな!?
飛行機かな…!?
もしかして、🛸!!

2025年2月12日の満月

 

情報源

伊勢神宮公式サイト
https://www.isejingu.or.jp/

公益社団法人 三重県観光連盟公式サイト
https://kanjiart.jp/wp-admin/post.php?post=2821&action=edit

奈良県観光局公式サイト「祈りの回廊」
http://inori.nara-kankou.or.jp/inori/special/45yamatohime/

「三省堂WORLD−WIDE WEB」
https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/