





古代文字「飯」
声符を「反」とする形声字。
白川先生は『字統』で、初の字書である後漢代の『説文解字』(せつもんかいじ)に掲載されている「飯」の意味を用いて字源を説明しています。『説文解字』については、白川先生はしばしば誤りを指摘していますが、「飯」については肯定的に引用されています。
白川先生紹介の『説文解字』によると、「飯」は「「食ふなり」とあり、「か稗」(かしょく)の類を食べること。」
ここで「か稗」は、PCで漢字が出てこないので「か」をひらがなで書いていますが、悪しからず…。
さらに、『字統』で白川先生は、古い書物を引用しての「飯」の説明を加えています。それがものすごく面白いです!!!
『礼記』(らいき)、『曲礼』(きょくらい)の上巻に「かを食ふには箸を以(もち)ふることなかれ」とあり、また「飯をまろむることなかれ」とあるから、指で食べたことが知られる。その時親指を主として用いるので、親指の根本を飯という。また口中に含むことをいい、死者の口中に含ませる玉を飯玉・飯かん・飯珠という。無為徒食の徒を罵って飯袋・飯嚢という。」
ということです。
ちなみに『礼記』とは、儒教の最も基本的な経典で3編あり、それぞれ「曲礼」「周礼」「儀礼」合わせて「三礼」と呼ばれています。漢時代に整理が加えられ、戦国時代から秦・漢時代の説を集録したもの。
「曲礼」は、立ち居振る舞いなどの細かな礼儀作法が収録されているそうです。そこに書かれているというのですから、飯は指で食べることが当時のお作法だったのですね。
びっくりしますね…!!!
そういえば、時々、ご飯って、「おにぎり」にして手で握り、手で持って食べると、お米の味わいが増すなと感じます。
母方の祖父母の家は農林業でしたので、子供の頃は、お米もお野菜も祖父母の家で収穫したものを食べられました。
それが、市販のものよりも味が濃くて美味しくてありがたかったのですが、食べるとき、指先と距離ができるお箸でヒョイと口に入れるのが失礼に思えたり、ご飯を指や手で触って食べたいなと、子供心に思ったこともありました。
今でもたまに、調理の途中で味見しようと手で食べ物をつまむと、お行儀ワル!と思いつつも美味しいなと感じて、触りたくなる時があります。
食事は味覚だけでなく、視覚や嗅覚、聴覚も美味しさを増幅させてくれますが、昔は触覚でも味わうのが当たり前だったのか、あるいは、飢餓と隣り合わせで十分ご飯を食べられなかった原始古代、少しでも味わい満たされようとするような!?原始の防衛本能の名残りだったのか…
インドの人々は指でご飯を食べているけど、アジア全体で見た時、ご飯を指で食べる共通のルーツのようなものがあるのかもしれないですが…。
それにしても、漢字の「飯」でこんな説明があるというのは知りませんでしたので、Blog書くスキマ時間、すごくラッキーでした。
知識も根拠もなく、勝手に自分が決めつけていたイメージが、バリバリっと壊されて、新しい知識が入ってくる瞬間って楽しいですね。
アカデミックな世界では、いわゆる「調べ学習」って言葉は、軽んじられがちですが、知りたいことを延々と調べて知っていくって面白くてやめられないです。
教育現場では考えることを促されがちですが、正しいことを知らないで延々と考えてたって不毛なことも多い。
間違った先入観を基礎に考えを打ち立てても砂上の楼閣になるというのは、白川先生だけでなく吉濱先生にも出会って確信しましたし。
今日は、これから出勤です👋
リフォームが終わった新しいオフィスに、ちょうど今頃、荷物を搬入していただいている頃、ありがたいです。
なので、今日はお昼ご飯も家でゆっくり。
「飯」のルーツを知りましたけど、さすがにお箸でいただきました!
昔、「味の素」の「ちゃんとちゃんとの朝ごはん」シリーズのテレビCMがあって、すごく気に入ってました。
そのシリーズの一つで、女優の三田佳子さんの声で「お箸の国の人だもの」っていうキャッチフレーズが大好きでした。
小さい頃から日本文化を素晴らしいと思っていたので、あー私、お箸の国の人でよかったわーって、思ったものです。
だけど、、、、
あー、そうなんだ、違ってました。
昔の中国、ご飯は指で食べるのがお作法だったんですね!!
今日のお昼ご飯
玉ネギと椎茸のオムレツ+焼きなす+黒豆茶
その他、写真には写ってないけど、ホエイプロテインと青汁
今日のおやつは
インスタントのお汁粉とCacao100%チョコ少々✨