Blog「星の光」

(2025年3月2日)

No.83 古代文字「雛」お雛祭り「上巳の節句」

甲骨文字「雛」

形声字。声符は「芻」(すう)
白川先生は、『説明解字』には「けい子(し)なり。(→「けい」がPCのフォントでは出てこないのですが鶏を意味する文字)」とするが、鶏に限らず、鳥のひなをいう。幼少にして優れた資質あるものを鳳雛(ほうすう)といい、寺の小僧を雛僧(すうそう)と言う。
と『字統』で説明しています。

 

明日、3月3日は「五節句」のひとつ、女の子の健やかな成長を祝い、幸福を願う「上巳の節句」(じょうしのせっく)。

Blog.32で1月7日の「人日の節句」の説明をした時にも書きましたが、「五節句」というのは、1月7日の「人日の節句」(じんじつ)、3月3日の「上巳の節句」(じょうし)、5月5日の「端午の節句」(たんご)、7月7日の「七夕の節句(七夕)」(しちせき・たなばた)、9月9日の「重陽の節句」(ちょうよう)の5つをいいます。

五節句はもとは中国の古くからの行事で、「上巳の節句」は日本に伝わって「桃の節句」とも呼ばれるようになり、お雛人形を飾るようになりました。かつては、紙の人形(ひとがた)に災を移し、海や川に流す行事だったようです。

3月3日の「上巳の節句」(じょうし)、5月5日の「端午の節句」(たんご)は、国風文化が発展した平安時代から日本の風習が合わさって宮中行事の一つとなっていきました。

これまで何度か話題にしてきましたが、お節句は日本の季節の暦「二十四節気・七十二候・雑節」などと深く関わっています。五節句が季節の節目である重要な年中行事の日として制定されたのは江戸時代のことで、江戸時代から、雛祭り行事が武士階級から町民に広がったと言われています。

ところで、話の趣は変わりますが、
この10年か20年くらい前から「LGBTQ+」の人権や社会的な居場所をめぐっての議論が広がり、地方行政機関では、いわゆる「女の子のお節句」とされる「上巳の節句」や、「男の子のお節句」である「端午の節句」などの市民向けのイベントを開催したり話題にすることを取りやめるケースが増えています。市民からクレームが多いからです。

当然そのようなことは生じるでしょうが、現代社会で「LGBTQ+」の尊厳が傷つけられる社会的背景と、お節句に女子版・男子版がある背景は同じではありません。
つまり、お節句は、社会に生物学的な意味での男と女しか存在しなかった時代、社会が男と女以外の性別を認識する知識を持ち合わせなかった時代からの伝統的な文化。
そこには一長一短あるものの、良い面にちょっと思いを馳せてみようょと、お節句行事を開催する主体が「LGBTQ+」に否定的とは言えません。
とはいえ、たくさん傷ついてきた人々にとって、男と女しか存在しなかった時代の名残があるものをパブリックで扱ってもらいたくないという心情や、お雛祭りや端午の節句が、性別は男女だけという意識を助長するという思いも自然なことでしょう。

このBlog、相変わらず、告知する気にならず読者いないと思いますので、「上巳の節句」のテーマでも物議を醸すことはないはずです。
が…念のため、LGBTQ+の方々を傷つける気持ちなど微塵もないことを申しあげた上での話ですが、私は、年中行事を含めて日本の伝統文化が好きですから、人間を科学的に見る知識を持ち合わせなかった古い時代のネガティブな名残も含めて、お節句祝うってたまには良いものだと感じています。

科学的な知識も乏しい時代、過酷な自然環境と闘って、よくぞ生きながらえて命をつないでくださいましたと、先人たちに感謝する節目、そんな程度にチラと思いを馳せて通り過ぎる年中行事。
これが、もう故郷でコテコテに伝統行事に関わることなく暮らしていく私にとっての年中行事との距離感です。
美味しいとこだけいただきましょうという都合の良い距離ですが、それでいいと思っています。

お節句などの年中行事が大切にされてきた時代、
農林業など、季節の移り変わりに大きく依存する生活基盤を持つ地域では、季節の暦は欠かせません。
収穫は自然現象に左右されますから、人間の力をはるかに超えるものに心を向けて、神仏や目に見えないものに祈る、験担ぎをする…その中で、性別役割分業のようなものも当然あって、今も地方の中山間地域などで、伝統的な習わしが根強く残っています。
過酷な自然環境の中で、そうするしか生きてこれなかった方法、そういう知恵が固有の伝統文化に詰まっているので、それらを敬い感謝するのも自然なことだと思います。
一方で、あらゆる分野の科学技術が進歩し大きく発展した現代、もう必要がなくなった当時の知恵もたくさんあるはず。都市部で文明の力を取り入れ生活している世代が、伝統をナンセンスだと思うのも自然な感覚。

それでも人間がすごいと思うのは、伝統文化に込められた技と美しさです。
過酷な生活環境の中で、衣食住生活を成立させる必要最低限のことを遥かに超えて、日本固有の美の境地と、経年劣化と真逆の、物の経年価値の世界を作り上げた日本人。
なんて素晴らしいんだろうと思います。季節の暦の節目の伝統行事、美しいものごとに意識を開いてくれるきっかけとしての役割も果たしている気がします。

毎年、お雛祭りには、美しい「桜漆器」で桜餅をいただくことにしています。
本来こういう漆器には「練り切り」と呼ばれる高級和菓子を乗せると良いのでしょうが…
伝統工芸の桜の銀細工が見事で美しいので、いつも桜餅。

この「桜漆器」、5枚セットになっていて、もうかなり前に亡くなったお茶の先生からいただいたものです。
大変可愛がっていただいて、お茶のお稽古の時間、かけがえのないものをたくさん教わりました。
「あなたがお嫁に行く時にも持っていけるものを」とこの漆器をくださって、四半世紀😆
未だ持って行く機会はなさそうですが、お雛祭りのたびに箱から出して、先生や私の幸せを願ってくれている人々に感謝する機会にしています。

銀細工の桜、何て美しいのだろうと、今日はしばらく眺めていました。
伝統彫金作家の桂盛仁(かつらもりひと)作です。

これをお茶の先生からいただいた1990年代末当時も、すばらしい彫金作家のものとうかがってましたが、あらためてありがたいなと思いながら、今日は初めて、どんな作家さんなんだろうと調べてみました。

そしたら、な、な、なんとっ!!!
桂盛仁氏は2008年に人間国宝 (金工分野の重要無形文化財保持者)✨になられたのですね。
全く存じ上げませんでした。
伊勢神宮遷宮でも、御神宝制作されているようです。
桂盛仁氏は1944年生まれ、まだ現役でご活躍されてます。
日本に美しいものたくさん形にして欲しいです。

私の幸せを願ってくれているたくさんの人、
両親やおじいちゃんおばあちゃん、お茶の先生とか…
やっぱり伊勢の神さま💓🐵💓にも、守護神💓🐲💓にも…感謝して、
1日早いお雛祭りのお祝い桜餅、ごちそうさまでした✨
いつも、ありがとう✨